映画の伝統と格式や、映画制作の手法とイロハや、映画の良識や役割を信奉する映画人からみると、まるでデタラメなこの『気狂いピエロ』は、出品した1965年のヴェネチア映画祭でも映画関係者から非難とブーイングの嵐をもって迎えられたという。
「ゴダールはシナリオも書けない。まともにストーリーも語れない。ただ知ったかぶりであれを引用し、これを引用しては観客を煙に巻き、鼻持ちならないスノップで、早口のおしゃべりで教訓を垂れ、キャメラをやたらと振り回し、アクションのつながらないモンタージュ、いやモンタージュともいえないつなぎ間違い、そんな支離滅裂な映画である(以下略)」(「ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代」(著者:山田宏一氏))といった具合で、その批判たるや半端ではない激しさである。
ジャン=リュック・ゴダールによると、『気狂いピエロ』は「台本も編集もミキシングもある日一挙に出来上がった」(「ゴダール全評論・全発言」)という。しかし、ゴダールの妻(後に離婚)で、この映画でフェルディナン(ジャン=ポール・ベルモンド)の愛人マリアンヌを演じたアンナ・カリーナによれば、セリフはすべて脚本(ゴダール)として完成しており、手持ち風のぶらしたキャメラワークも、原色の強い服装や背景色の彩色も、ゴダールがきめ細かく指示したという。
つまり、「この映画はコントロールされた制御されたハプニング」(「ゴダール全評論・全発言」)なのだ。
これは驚きである。ゴダールに言わせれば、ただ「対象を明確な輪郭線で描く」ことをしなかったということであり、ぶつ切りの映像と音楽が、実はゴダールの計算された、しかもゴダールの体の中に流れるリズムに呼応した作品ということになる。
ごうごうたる非難のなかで、この映画論や作品をヌーベルバーグ(新しい波)の代表作として擁護した人間もいた。その人、フランスの革命詩人ルイ・アラゴン(Louis Aragon)は言う。「新しいもの、偉大なもの、崇高なものは、芸術においてはつねに罵倒を浴び、軽蔑や陵辱を受けるものだ」(「ゴダール、わがアンナ・カリーナ時代」(著者:山田宏一氏))。これはゴダールと『気狂いピエロ』に対する最高の賛辞であった。
明確な輪郭線のない=確固たる存在の不在をジャン=リュック・ゴダールは楽しむかのように、存在と存在の、その間にあるものを追求しようとしている。その表現方法は無限に存在し、だから無限の美しさや感動を私たちに与えてくれる。そのひとつの答えが「ゴダールはゴダール」であり、『気狂いピエロ』は最高の映画の学校(原語はスコーレ=遊び)なのかもしれない。
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