◎TOKYO PHOTO ; SENDAGI 10.9.2011
ねじり鉢巻きにはっぴ姿の男衆が何処からともなく現れ、行き止まりの「満足稲荷神社」の門を入って行く。背にお揃いの「東林」の文字は千駄木町内会の印か。手前は公園になっていて、奥に社と神輿を入れておく倉庫がある。名前はおもしろいが小さい小さい神社だ。
途中の路地で親子連れを見かける。前になったり後になったりしながら、3歳位の男の子がちょこちょこお父さんについていく。今風の格好の良いお父さんは、ニコリともせず話かけることもなく、ときどき子どもを気にかけながら、自分のペースで歩いていく。
団子坂を登ったところの瀟酒なマンションの前に「青鞜社発祥の地」の看板があった。
文京区の案内によれば「青鞜社は、平塚らいてうの首唱で木内錠子、物集和子、保持研子、中野初子らの20代の女性5人が発起人となり、明治44年田村俊子、野上弥生子ら18人を社員として結成された。雑誌『青鞜』の発刊は同じ年で、当初は詩歌が中心の女流文学集団であったが、やがて伊藤野枝が中心になり婦人解放運動に発展していった。」とある。
平塚らいてうは『青鞜』で「元始女性は太陽であった」と謳ったことはあまりにも有名。後に市川房枝らとともに日本初の婦人団体を作り、婦人参政権運動を展開していく。良妻賢母教育や従来の結婚制度、家制度から脱皮を求めた「新しい女性」のはしりのひとである。
団子坂を下ってきて不忍通りを渡る。「菊見せんべい」では昔ながらのケースに陳列された手作りせんべいが美味しそうだ。向かいにある「和膳 凛薇( りんび )」で「栗おこわセット」を頂く。薄味の煮物に塩サバ、漬け物、お味噌汁、最後にデザートまでついてパーフェクトな昼食となった。
photo ; 宇都宮 保
文;長谷川
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