◎TOKYO PHOTO ; FROM NISHINIPPORI TO OKU 13.6.2012


京成線の新三河島から少し進んだ西日暮里6丁目に冠新道と名前の付いた昔ながらの商店街がある。大正の初期に冠(かんむり)氏が土地を提供して作った私設道路とのこと。こじんまりしている店が多いが、生活に必要なものはほとんど揃う。
舎人ライナーをくぐって北区田端新町へ。明治通りに出ると中古の工作機械を扱う中小の店が軒を連ねているのに驚く。こちら北区尾久や荒川区などは現在も町工場が残る地域だ。古く錆びてしまっているものも店の前に置かれているが、不思議と風格がある。
尾久駅前にある観光案内所でマップなどをもらう。駅ひだりの暗く長い地下道を通って反対側にでる。古い工場や壊れかけたアパートの前を通って、縄文時代の貝塚・中里貝塚へ。ここは江戸時代から貝殻が大量に出土する「かきがら山」として知られていたとのこと。隣の幼稚園の子どもたちが元気に駆け回っていた。
※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto3.html
photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko
