2012年5月31日木曜日

千駄木 団子坂下交差点から不忍通り周辺

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no8. 24.5.2012









夕刻になると、昼間とは違う街の表情が見えて楽しい。居酒屋やカフェ、BARなどは活気づく。根津・千駄木界隈の店は、騒ぐ若者や酔いどれのサラリーマンの姿もなく、どことなく落ち着いている。

千駄木の団子坂下交差点から不忍通りを根津方面に進むと、ひと際明るい何店舗かがある。ひとつは「ブックカフェ ブーサンゴ」。店内の壁いっぱい本棚になっていて本がびっしり並んでいる。コーヒーを飲みながらお店で読むことができ、本の販売もしてるとのこと。「古書とコーヒー」、時間のある時ゆっくり過ごしたいところ。

その先にあるのがイタリアンの「千駄木露地」。築80年の日本家屋をおしゃれな店舗に改装。パスタがおいしい。さらに進むと「千駄木 往来堂書店」。一見、街のなかの小さな本屋さんという感じだが、中に入ると店長こだわりの世界が広がっている。テーマに沿って興味深い本がずらり。この地域ならではの「東京・下町」関連の棚も充実。ガイド、エッセイや歴史本、また地域雑誌『谷中・根津・千駄木』のバックナンバーなども並ぶ。

不忍通りの向こう側には「やなかコーヒー」や、昼間行列のできる「根津のたいやき」など名店がある。根津神社入口の交差点から、根津神社方面に数軒入ったところに、小さいながら外観がモダンなさぬきうどんの「讃岐饂飩 根の津」がある。さわやかな色の暖簾がかかった木戸を開けて入店。肉つけ麺とぶっかけ麺を頂いた。コシの強い麺に薬味も汁もおいしい。20人も入ればいっぱいになるので、昼は行列ができるとのこと。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月30日水曜日

根津 根津から異人坂、おばけ階段

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no7. 24.5.2012








根津界隈では、どんなに狭い路地も住まいへの通路になっていて、日々人が行き交う。草木に水をやる人、花や木を剪定する人の姿もよく目にする。軒下にすだれを掛けたり、低木を置いたり花を飾ったりすることで、さりげない目隠しにもなっている。自転車などもじゃまにならないように軒下に置かれている。ゴミひとつ落ちていない。

根津2丁目に串揚げ処・はん亭という老舗がある。千代田線根津駅からも3、4分。総けやき造りの木造三階建て日本家屋は珍しく、文化庁の登録有形文化財にも指定されている。夕方通ると、2階3階のほんのりした灯りとすだれの間から、串揚げと美酒に舌鼓を打つ客の様子が見てとれる。

言問通りを渡って、根津駅の裏手から異人坂に出る。明治時代、坂の上に東京大学のお雇い外国人教師の官舎があり、外国人が多く上り下りする坂なので、異人坂と呼ぶようになった。彼らはこの坂を通って不忍池や上野公園を散策したという。外国人の中には、有名なドイツ人のベルツもいた。

坂を上ると突き当たりは東京大学農学部の敷地。こちら側からは入ることはできないが、おしゃれな向ヶ岡ファカルティハウス内の「レストラン・アブルボア 東京大学」が格子越しに見える。鬱蒼とした大木の中に建っていて、夏場の涼にはもってこいの場所。さらに進むと、新しい住宅地の先に通称おばけ階段と呼ばれる階段があった。上るときと下るときの段数が違うことからそう呼ばれるようになったということだが、うっかりしたことに段差を数えなかった。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月29日火曜日

根津 路地裏の花々と小さなカフェ、居酒屋

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no5. 24.5.2012








谷中の三浦坂を下ってくると、文京区根津2丁目に突きあたる。狭い路地に昔ながらの家々がびっしり連なる。路地は入り組んでいて、どこを歩いているのか迷ってしまう程。どの家も軒下に植木や花々が飾られていて美しい。猫ものんびりくつろいでいる。

それほど広くない空き地に雑草がはえ、自転車が置かれている。この辺りでは雑草さえ貴重に思えるから不思議。路地裏に小さなカフェや居酒屋の看板がさりげなく置かれている。

紫と白の花びらが混ざり合ったいい香りの植木を、家々で目にした。ニオイバンマツリ、別名アメリカンジャスミン。香りが強くジャスミンと似ているため、アメリカンジャスミンという名がついたとか。咲き進むにつれ花が紫から白に変化するのが特徴で、最盛期にはまるで2色咲きのようになる。ニオイという名の通り甘い香りを放ち、株は結構大きくなるが、観賞用には低木に仕上げるとよいとのこと。

文京区根津は上野台地と本郷台地に挟まれた根津谷に位置し、根津一丁目と二丁目があるのみ。今は暗渠化されてしまったが、かつて藍染川も流れていた。根津神社の門前には明治半ば頃まで、根津遊廓と呼ばれた岡場所もあった。もとこの辺りは甲府藩主徳川綱重の屋敷地だということ。

夕刻が近づき提灯にあかりがともりはじめた。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月28日月曜日

谷中 玉林寺界隈

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no3. 24.5.2012





















玉林寺は根津交差点から善光寺坂を進み、坂を上り始める左手にある。根津駅から歩いても5〜6分。境内は大木が多く鬱蒼としている。望湖山曹洞宗で天正19年(1591)創建。

境内の右手に千代の富士の銅像が建っている。昨年6月に九重親方(千代の富士)をはじめ関係者によって除幕式が行われたとのこと。なんで千代の富士?と思ったら、玉林寺は九重親方の菩提寺にあたるとか。

本堂の裏庭には巨大なシイの木がある。幹回り5.63メートル、樹高9.5メートル、枝張りは東に3.5メートル、西に2メートル、南に7.5メートル、北に4メートルを計る。玉林寺創建以前から存在していたと言われ市街化した地域に遺存する巨樹として貴重である、と記されている。残念ながら見る事はできなかった。

境内左手奥に進むと、古いブロック塀の間、民家と墓地の間の細い道が続く。それらを通り抜けると、猫グッズを売るカフェ「ねんねこ屋」の前、三浦坂へ出た。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月27日日曜日

谷中・根津・千駄木 三崎坂からあかじ坂、玉林寺裏の古井戸

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no2. 24.5.2012









日暮里駅から谷中霊園のさくら通りをまっすぐ進むと、霊園入口の信号に出る。右折して、三崎坂(さんさきさか)方面に進んだ所に、觀智院の初音幼稚園があり、子どもたちが賑やかに駆け回っている。となりに昭和58年秋に作られた觀智院の初音六地蔵が並ぶ。人間は死ぬと六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)のいずれかに行くといわれ、その六道のどこにいても救済の手をさしのべてくれる地蔵尊とのこと。

三崎坂(さんさきさか)を下ってくると龍谷寺、本通寺、天龍院などの寺院が左手に並び、その間の道を入ってみたりして、谷中4丁目から2丁目辺りをウロウロする。谷中2丁目にあるあかじ坂の途中で、高い塀の上の古い和風住宅に数人の男女が入っていくのを目にした。住宅入口には何の看板も出ていないけれど、昭和初期宮大工建造の情緒あふれる和風建築で、根津スタジオという。「家政婦のミタ」や「東京タワー オカンとボクと、時々、オトン」などのテレビドラマのロケ地になっているとのこと。

さらに、木々の茂った路地を谷中2丁目から1丁目へ。狭くて地図にも載っていないわかりにくい道があり、ちょうど玉林寺の裏手にあたる。階段をおりていくと古井戸を見つけた。個人宅の井戸らしく名前が記されている。ホースも付いていて、現役で使われているらしい。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月25日金曜日

谷中 蛍坂・初音の森・築地塀周辺

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA NEDU SEBDAGI no1. 24.5.2012











よみせ通りのフラワーショップ小竹では、バラの花の100円セールが行われていた。家々の塀越しにもバラが咲き誇っている。路地を歩くと、ときどき行き止まりがあるので戻ったり、この道は大丈夫かと恐る恐る進んだりを繰り返すのが楽しい。

谷中5丁目の谷中コミュミティーセンター横には区立防災広場初音の森があり、子どもたちが賑やかに遊んでいる。裏は少し高台になっていて、蛍坂という坂道がある。古い標識によると、江戸時代、坂下の宗林寺付近は蛍沢と呼ぶ蛍の名所であった。坂名はそれにちなんだのであろうとのこと。高台の寺がコンクリートでがっちりした塀をつくり、その下にある狭い蛍坂もきれいに舗装されてしまっているが、昔は鬱蒼とした木々に囲まれ、さぞ趣があったことだろう。

坂を上ると、立派な木立のもとに日蓮宗安立寺の墓地、先には真言宗観音寺の築地塀がある。この築地塀は、平成4年(1992)台東区まちかど賞を受賞して以来、谷中のシンボルのひとつになった。その前を音羽屋さんの人力車が2台通っていった。車夫のひとりは若い女性。黒足袋で軽やかにきびきびとした仕草が粋だ。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto3.html

photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子