2011年6月28日火曜日

港区六本木ヒルズ 撮影;2011.6.24

◎TOKYO PHOTO  ; ROPPONGI HILLS  24.6.2011










六本木ヒルズはオープンしてこの間さまざまな話題を提供してきた。
レディー・ガガも日本で一番好きな場所らしい。
華やかさとは裏腹に入居企業の不祥事や回転ドア事故の影響などダークなイメージもつきまとう。

六本木ヒルズがオープンしたのは2003年。森ビルが17年の歳月をかけて行った国内最大規模の都市再開発事業である。
行ってみて規模の大きさと複雑な造りには驚いた。フロアーガイドを手に歩き出すが、自分の位置が分からず同じ所をウロウロする始末。
この商業空間のコンセプトは「人は直線的に歩くのではなく、うねうねとし歩く」の考え方から、わざと見通しを悪くしたり、床や天井のパターンを変えたり、周遊させる場所を設けたり、雄大な自然の景観を取り入れたカーブする動線デザイン…などということらしい。

そのコンセプトによって被写体としての魅力は群を抜く。どこもアートな感覚で溢れている。
この日の夕方「六本木ヒルズアリーナ」ではヒルズ内の高級マンションに住むであろうセレブな子どもたちが、楽しそうに追いかけっこをしていた。この子たちは野山で同じように遊べるだろうか、と心配するのはよけいなお世話だろう。

photo ; 宇都宮 保
文;長谷川

映画「蒼ざめた馬」監督;カレン・シャフナザーロフ

◎TOKYO PHOTO  ; Всадник по имени Смерть  Sunday.6.2011

日曜日、梅雨の合間の湿った空気を感じながら荒川河川敷を散策。ついでに足を延ばし北千住にある東京芸術センターに立ち寄ったところセンター内のシネマブルースタジオでロシア映画「蒼ざめた馬」(監督:カレン・シャフナザーロフ)を上映していた。
ロシア映画は以前に観た「父、帰る」(監督:アンドレイ・ズビャギンツェフ)の記憶がぼんやりあるくらいで久しく観ていない。料金は一律1,000円(当日券のみ)。「蒼ざめた馬」のタイトルとポスターにも惹かれた。

2004年製作のロシア映画(106分)でこの日はDVDによる上映。観客は片手で数えることができるほど。上映が始まってしばらくは内容とは別にスクリーンに釘付けになった。映画の画角が4対3だったからで、DVD上映でしかもこの画角の映画は初めてだった。これでは、少なくとも画質の上ではアナログテレビの番組を映画館で上映する、ということになってしまう。

しかし、いい意味で期待は裏切られた。画質は鑑賞に十分堪えうるものだった。細かく言えば広角で撮影した街並みはさすがに画質がいまいちだが、人物のクローズアップや陰影を生かした描写は鮮明で、どうしてこれだけの予算をかけた映画がこの画角なのだろうと、映画の内容とは関係のないところで不思議だった。

映画のストーリィは東京芸術センターのHPより下記に抜粋。ロマノフ王朝末期のロシアを描いた作品で、この映画で描かれた時代(1904年)以降、複雑で難解な経路を辿りロシア革命へと結実していく。調べてみると「蒼ざめた馬」とは、ヨハネ黙示録第6章第8節にあらわれる「死を象徴する馬」とある。映画の主題である「テロリズム」は今日の社会にも現在進行形で暗い影を落としている。

死という馬に乗る人間の、その内面を描いたこの作品をどうみたらいいのだろう。上映後、深いため息をついて席を立った。

◯「蒼ざめた馬」/東京芸術センターのHPより
1904年、ロマ ノフ王朝末期のロシア。モスクワのキャバレー(ナイトクラブ)で仮面をかぶり大公セルゲイ・アレクサンドロヴィチの暗殺計画を練る男たちがいた。理想主義 者であるが信心深く、ドストエフスキーを敬愛するワーニャ。妻をコサックに殺された工場労働者のフョードル。そしてリーダーであるジョージ。彼らは社会革 命党(エスエル)の一派でそれまでにも皇室関係者たちの暗殺を成功させてきた。そしてさらにモスクワで最も有力な人物である大公を暗殺するために、ジョー ジは彼に傾倒する大学生のゲンリッヒを仲間に迎え入れ、彼に無償の愛をささげるエルナに爆弾を製造させる。しかし爆弾の不発、仲間の死・・・多くの犠牲を 出しながらテロはことごとく失敗に終わる。ジョージは一方でエレーナとのかなわぬ恋の悩みを抱えていた。そしてエレーナの夫に決闘を申し込む・・・・。

写真と文:宇都宮 保

2011年6月26日日曜日

豊島区雑司ヶ谷鬼子母神 撮影;2011.6.21

◎TOKYO KISHIBOJIN 21.6.2011









都電荒川線の鬼子母神前駅の線路をまたぐと都の天然記念物「鬼子母神大門ケヤキ並木」のゲートがある。
鬼子母神堂へと続くケヤキ並木の小さな商店街。暑い日差しが遮られホッとする。「これ以上高い住宅は建てられませんよ」と宣言したかのように、住宅の上に枝を伸ばしているケヤキもある。

ケヤキ並木通りの中程にモダンな長屋風の建物が見えてくる。外装をきれいに施した昭和8年築の並木ハウスアネックス。小さなカフェや案内処があり、2階のギャラリーには手塚治虫直筆の漫画パネルと東日本大震災の消防救援活動の様子などを移した写真が展示されている。そのすぐ裏手に、かつてトキワ荘から移った手塚治虫が昭和29年から3年間を過ごした並木ハウスが現存している。住人もいるようだ。

さらに進むと小さな「みみずく公園」の隣に「鬼子母神堂」がある。境内には樹齢およそ700年というイチョウの巨木がそびえ立っていて、都会の喧噪を忘れさせてくれるひっそりとした空間になっている。

鬼子母神堂の裏手に、斬新なオブジェを置いたアートギャラリーを見つけた。環境をテーマに廃品を使った立体造形や音楽をつくっているZUZUSHI ART LABORATORY。昔のアイロン箱を利用して作ったテルミンから醸し出される音は心地よく鬼子母神堂との空間コラボレーションに癒されたひとときだった。

photo ; 宇都宮 保
文;長谷川

2011年6月24日金曜日

都電荒川線沿線のとある風景 撮影;2011.6.21

◎TOKYO PHOTO  ; TODEN ARAKAWA LINE no2 21.6.2011










都電はかつては東京を縦横無尽に走っていた。1972年(昭和47年)にこの荒川線を残して廃止されるまで、都民の足として暮らしの身近な存在だった。

三ノ輪や町屋などの下町、あらかわ遊園のある荒川遊園地前、JRとの接続駅の王子駅前や大塚駅前、都内有数の桜の名所である飛鳥山公園、「おばあちゃんの原宿」との異名を取るとげぬき地蔵のある庚申塚、サンシャインシティへの最寄駅となる東池袋四丁目、雑司が谷霊園のある雑司ヶ谷など見所は多い。

30もの停車駅のいくつかに途中下車する。
駅の近くに学校があれば若者や学生が行き交う。
とげぬき地蔵があればお年寄りがこぞって乗り降りする。
公園や遊園地があれば小さな子ども連れが多い。

都電荒川線は当たり前のように住む人と風景に溶け込んでいる。

photo ; 宇都宮 保
文;長谷川

2011年6月23日木曜日

都電荒川線 撮影;2011.6.21

◎TOKYO PHOTO  ; TODEN ARAKAWA LINE 21.6.2011













都電荒川線は早稲田と三ノ輪橋を結ぶ全長12.2kmを約1時間かけて走る路面電車。停車駅は30。運賃は全線均一で大人160円。当日なら何回乗り降りしても400円というお得な一日乗車券を買って乗り込んだ。

発車の合図が「チン」と鳴ってエンジンがかかる。駅と駅の間も300メートルか400メートル程度。少し走っては止まり、途中信号で止まり、また走って止まるといった具合にスローテンポ。
沿線風景の変化も楽しい。下町の住宅地や町工場が密集する地域をすれすれに走ったり、道路に出て車と並行して走ったり、線路をくぐったり、高層ビル群を望んだり。
色とりどりの車両も魅力的。専門的には7000形、8800形、9000形、8500形というのだそうだが、車体外部に全面広告が施されていたりする。

車内から外の景色をゆっくり眺め、次は電車から降りて、走る車両を眺めるを繰り返し、子どものように「チンチン電車」を楽しんだ。

photo ; 宇都宮 保
文;長谷川

2011年6月22日水曜日

墨田区両国 撮影;2011.6.19

◎TOKYO RYOGOKU 19.6.2011














JR総武線、両国駅前にある国技館と江戸東京博物館。
テレビ画面に映る大相撲風景の華やかさと違って、本場所中でない国技館はどことなく殺風景な印象。国技館隣にある江戸東京博物館は地上7階、地下1階の巨大な建物。江戸東京400年の文化とそこに暮らす人々の生活を展示物から垣間みることができる。しかしこの建造物、子どもがレゴブロックで建物を作るとこんな形?あるいは装甲車? いずれにしてもバブル時代の名残りを思わせる。
旧安田庭園やNTTドコモビルや東京都慰霊堂などを回る。

両国駅を国技館と反対方面に行くと商店街と食事処が密集している。目につくのは「ちゃんこ」の店。「ちゃんこ霧島」「ちゃんこ川崎」「ちゃんこ照国」「相撲茶屋 寺尾」など。往年の相撲取りやその親族などがこの地に出店したのだろう。

京葉道路を渡り回向院へ。回向院は350年前の明暦3年(1657年)に開かれた浄土宗の寺院で、明暦の大火による無念仏を葬ったのが始まりという。境内で霊供養のための勧進相撲が行われていたところでもあり、ねずみ小僧の墓もある。

回向院の隣ビルの少し奥まったところに「両国花火資料館」がある。小さな資料館だが花火大会の歴史を知る資料や写真、原寸大の花火玉などが展示されている。各地の花火大会が自粛ムードのなか隅田川花火大会は例年より1ヶ月遅れで行われる。
隅田川の花火大会は江戸時代、多数の死者を出した享保の大飢饉を憂い、慰霊と悪病退散祈願を込めて打ち上げられたのが始まりという。「苦境にある時だからこそ隅田川花火大会の灯を絶やしてはならない」とおっしゃる資料館の方の意見にうなずいた。

photo ; 宇都宮 保
文;長谷川