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勝島運河を後にして、旧東海道に戻って立会川駅前に出た。商店街に「ようこそ龍馬のまちへ」の垂れ幕がかかり、思いがけず坂本龍馬像にも出会う。この立会川沿いにかつて広大な土佐藩山内家の下屋敷があり、そこは第15代藩主山内豊信(山内容堂)が安政の大獄に関連して隠居・謹慎を命ぜられて蟄居した場所だったという。
ペリーが来航した嘉永6年(1853)、19歳の坂本龍馬は藩から許可を得て江戸で剣術修業中であった。土佐藩はこの地にあった下屋敷警備のため江戸詰めの武士を動員し、龍馬もその中に加わった。「黒船」騒動の渦中に、土佐藩が築いたとされる浜川砲台跡も残されている。
平成16年に高知市から贈呈された龍馬像が駅前商店街通りの公園に建っている。飲食店では、龍馬にちなんでつけられた「龍馬カレー」「龍馬ラーメン」や「砲台そば」などをふるまう。
旧東海道の立会川に架かる小さな浜川橋は別名、涙橋とも言う。その名は鈴ヶ森に1651年(慶安4年)に設けられた鈴ヶ森刑場で処刑される罪人を、親族らが密かに見送りにきて、涙を流しながら別れたということから。立会川の名も、罪人を最後に見送る(立ち会う)場所であることから付けられた。
しばらく進んで、第一京浜と交差する手前にあるのが鈴ヶ森刑場跡。当時使用された火炙台と磔台が置かれていた。
◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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◎東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; Utsunomiya
text;Hasegawa
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