2012年5月8日火曜日

谷中・根津・千駄木 路地裏の草花(1)

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA,NEDU,SENDAGI SPRING FLOWER   2011~2012





谷中・根津・千駄木の面白さは何といっても路地裏歩きだ。車が通れる道は限られていて、それも一方通行。路地裏のほとんどは、ふたりで横に並んで歩く事も難しいような道が入りくんでいる。

どんな狭い道の奥にも、静かな落ち着いた暮らしが営まれている。高齢のご近所さんどうしが立ち話している様子も下町らしい。どこからともなく、夕餉の茶碗を洗う音やテレビの声が聞こえてきたりする。

所々で猫が顔をのぞかせる。いぶかしそうな顔をこちらに向け、近づくとそっと逃げる。

路地裏にはさりげない草花がよく似合う。どの家も小さな鉢植えの花や木を大切にする。このところの暖かい陽気に誘われ、鉢に植えられた花がいっせいに咲き出した。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto2.html
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto3.html

photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月7日月曜日

上野寛永寺 根本中堂(台東区)

◎TOKYO PHOTO  ; UENO KANEIJI no2. 30.4.2012




寛永寺は、徳川家康、秀忠、家光公の三代にわたる将軍の帰依を受けた天海大僧正によって、徳川幕府の安泰と万民の平安を祈願するため、寛永二年(1625)に創建された。京都御所の鬼門に位置した比叡山延暦寺にならい、江戸城の鬼門(東北)にあたる上野の台地に建立。山号は東の比叡山という意味で東叡山とされた。

江戸時代後期、最盛期の寛永寺は寺域約30万5千坪、寺領12,000石余りを有していた。現在の上野公園のほぼ全域が寛永寺の旧境内。また上野公園の2倍の面積の寺地を有していたというから、その規模は相当なものであった。現在の東京国立博物館の敷地は寛永寺本坊跡、博物館南側の大噴水広場は、根本中堂のあったところ。

ところが幕末、彰義隊の戦(上野戦争)の戦場となったことから、根本中堂をはじめ、全山の伽藍の大部分がこのとき焼失し壊滅的打撃を受けた。明治維新後、明治政府によって境内地は没収され公園用地となる。明治12年(1879)ようやく寛永寺の復興が認められ、現在地(旧子院大慈院跡)に川越喜多院より本地堂を移築し、根本中堂として再建されたが、寺の規模は大幅に縮小された。

本堂の中は撮影禁止だが、見学可能で焼香もできる。境内には六体のお地蔵さんや石灯篭、鐘楼などがある。上野公園の賑わいとは対照的に静かで落着いた空間。散った八重桜の花びらをお坊さんが撮影していた。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto2.html
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月6日日曜日

東京ホタル 千駄木より点灯したスカイツリーを望む

◎TOKYO PHOTO  ; TOKYOHOTARU 6.5.2012





























5月5日と6日の2日間行われた、東京スカイツリーと隅田川流域を舞台にしたイベント「東京ホタル」。会場は吾妻橋-言問橋の隅田川両岸。メインは10万個の太陽光蓄電LEDを隅田川に浮かべる「ひかりのシンフォニー」と、アーティスト日比野克彦さん監修の「光る神輿のパレード」。ひかりの神輿を東京芸大生や子どもたちが担ぐ。さらに、シンポジウム「東京の川をひらく」が行われた。

東京スカイツリーも点灯。千駄木の部屋からも、東京スカイツリーと満月との素晴らしいコラボレーションが望めた。

photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月4日金曜日

上野寛永寺 徳川霊廟と霊園(台東区)

◎TOKYO PHOTO  ; UENO KANEIJI no1. 30.4.2012




国立博物館と区立上野中学校の裏手に、上野寛永寺の第三霊園入口がある。八重桜の花びらが落ちて一面をピンク色に染めている。立派な門に近づくと徳川綱吉の霊廟勅額門の標識が見えてくる。

徳川家霊廟(とくがわけれいびょう)とは、徳川将軍家歴代の墓所のことで、ここ上野の寛永寺と芝の増上寺、栃木県日光の輪王寺にある。8代吉宗公以降は倹約のためもあり、大規模な霊廟は建築されず、寛永寺か増上寺のいずれかの霊廟に合祀し、宝塔が建立されたという。寛永寺裏の霊廟は昭和20年に大部分が空襲で焼失。焼け残った厳有院(4代家綱)と常憲院(5代綱吉)の霊廟勅額門などが重要文化財に指定されている。4代家綱の霊廟には10代家治、11代家斎の宝塔を合祀、また5代綱吉の霊廟には8代吉宗、13代家定の宝塔が合祀されているとのこと。

葵の御紋が燦然と輝いているが、この門の先は一般公開されておらず足を踏み入れる事はできない。大河ドラマで有名になったあの篤姫も、夫に劣らぬ堂々とした石造りの宝塔が家定の隣に鎮座しているらしい。

この地に広大な敷地を持っていた徳川将軍霊廟跡地を整理して、明治以降に寛永寺霊園として一般向けに利用されるようになった。JRの線路と鴬谷駅を見下ろす高台の墓地は眺めがよく、東京スカイツリーも見える。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月3日木曜日

谷中のヒマラヤ杉と妙行寺界隈(台東区)

◎TOKYO PHOTO  ; YANAKA HIMARAYASUGI.MYOKOJI 30.4.2012




谷中4丁目と1丁目の境にあって、入り組んだ路地が三叉路になっているところにヒマラヤ杉の巨木がある。巨木に抱かれるように、みかどパンと看板のある小さなパン屋さん。三叉路にあるパン屋だから「みかど」。このヒマラヤ杉は戦前に植えられたとのことで、戦災で焼けなかった谷中のシンボルツリーとなっている。手に手に谷中の地図を持った人が行き交い、写真を撮っている。

道を挟んで隣に妙行寺がある。正式には日蓮宗正栄山妙行寺。境内で楽しそうに遊ぶ子どもたちの声に誘われるように山門をくぐると、左手に小さな石仏が並び、奥には梵鐘。庭のボタンの花も新緑も美しい。周囲には同じ日蓮宗の延寿寺、蓮華寺、本妙院、天台宗の寺、曹洞宗の寺、臨済宗の寺など数えればきりがないほど寺がある。

妙行寺の塀には5月28日(月)の谷中二人会「馬吉と康平」の案内があった。金原亭馬吉と酒井康平による音楽と落語のコラボレーションとのこと。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月2日水曜日

根津神社 つつじ祭り(文京区花の五大祭)

◎TOKYO PHOTO  ; NEDUJINJYA TSUTSUJI FESTIVAL 1.5.2012






文京区根津神社のつつじが見頃を迎えている。4月7日から5月6日までつつじまつりが開催されていて、この連休中は大勢の人で賑わっている。権現裏門坂側から入ると北参道口にも駐車場の向こう側にも露天がずらりと並ぶ。骨董品やつつじの植木などの店もある。

境内の斜面にある約2000坪のつつじ苑には、約50種3000株のツツジが咲き競っていて美しい。雨上がりの後薄日が射して色がより映える。このつつじ苑に入るには、神苑整備事業寄進代として200円が必要。

根津神社は1706年に完成した権現造りの本殿・幣殿・拝殿・唐門・透塀・楼門の全てが欠けずに現存し、国の重要文化財に指定されている。300年以上経つ由緒ある神社。本殿前には参拝者が行列を作っている。

つつじまつり期間中さまざまな行事が行われている。5月3日には午後1時から舞殿にて氏子童女による浦安舞が披露されるとのこと。ほかに3日、4日、5日と奉納演芸や根津権現太鼓なども予定されている(雨天中止)。つつじの木によって開花時期が違うため、早咲きから遅咲きへと花が少しづつ移り変わる。まだしばらくは楽しむことができそうだ。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子

2012年5月1日火曜日

東京藝大 美術展と東京ホタル神輿制作(台東区)

◎TOKYO PHOTO  ; TOKYO UNIVERSITY OF ARTS 30.4.2012





文京区千駄木に移ってきて、谷中・根津・千駄木界隈逍遥にいそしむ。路地を少し歩いただけで、人々の落ち着いた暮らしが感じられ、下町の良さを実感できる。

足をのばして上野の森の東京藝術大学まで。美術館で近代洋画の開拓者・高橋由一展が開催されているという。以前通りがかったときに藝大構内に入れなかったが、今回は堂々と正門から入り美術学部の方をじっくり見てまわる。美術館の前に巨木がある。根元を見ると向きによっては、ヘルメットを被った兵隊が木にもたれかかっているような不思議な造形をイメージできる。

構内の木々の中の六角堂に、平櫛 田中(ひらくし でんちゅう)作の岡倉天心像が安置されている。岡倉天心は東京美術学校(現・東京藝術大学)の設立に貢献した。構内には岡倉天心像を囲むように多くの教授の銅像が立っている。

総合工房A棟の前では巨大な竜のオブジェが学生たちによって制作されていた。5月5日から6日にかけて、東京スカイツリー前の隅田川テラス周辺で行われるイベント「東京ホタル」で、「ひかりの神輿パレード」の神輿として使われるとのこと。5月6日のスカイツリーの試験点灯に合わせ行われるお祭り。この竜の神輿を地元の子どもたちが担いでパレードを行うという。

※東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto1.html
http://www.utsunomiya-design.com/photograph/tokyophoto2.html
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photo ; 宇都宮 保 
文;長谷川 京子