2013年6月21日金曜日

順天堂大学(文京区本郷)から元町公園

◎TOKYO PHOTO FROM JYUNTENDO UNIVERSITY TO MOTOMACHI-PARK ; 15.6.2013










◎text
文京区本郷2丁目の水道歴史館から外堀通り方面に進むと、順天堂大学のキャンパスと病院が数棟建っている。その内の1棟が高層ビルに建替え工事中。順天堂大学は、創立175周年事業の一環で「順天堂大学キャンパス・ホスピタル再編事業」として、老朽化した建物を壊して、地上21階の高層棟と地上7階の低層棟の二つの病棟を建設中とのこと。

大学の建物に挟まれた小さな坂を「油坂」と呼ぶ。この名の起りは不明だが、別名で「揚場坂」ともいわれている。その意味は、神田川の堀端に舟をつけて荷物の揚げおろしをするため、町内地主方が、お上に願って場所を借りた荷あげ場であった。この荷揚場所に通ずる坂を揚場坂道と呼んだのがのちに「揚場坂」と言われるようになったという。

神田川に沿って外堀通りを水道橋方面に下る。しばらくすると「財団法人聖母美術院」の文字の書かれた赤く塗られた古い建物が現れる。入口に「グラムシ没後70周年記念シンポジウム」のポスターが貼られていた。この建物には東京グラムシ会の事務局なども入っているらしい。アントニオ・グラムシはイタリアのマルクス主義思想家、イタリア共産党創設者の一人で、戦中下にムッソリーニ政権に投獄された。獄中で書き溜めたノートの数は33冊にのぼり、ヘゲモニー論などのグラムシの思索の大部分がなされたという。

この建物の横は文京区元町公園。正面階段を上ると突き当りにアーチ模様の壁泉があり、さらに左の階段を上ると、階段状に水の落ちるしくみになっている。かなり古いが、公園全体がアールデコのデザインなどを取り入れたモダンな作りになっている。この公園は関東大震災が発生した後、東京市の帝都復興計画の中で作られた小公園のひとつで、昭和5年、旧元町小学校に隣接する敷地に開園した。昭和50年代に公園の復原的改修が行われ、この公園の歴史的価値が見直された経緯がある。災害時に避難民を火の手から守る防火樹林として植栽された木々が、大木となって公園を囲って癒し空間を作っている。

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◎東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; Utsunomiya
text;Hasegawa

2013年6月20日木曜日

東京都水道歴史館(文京区本郷)

◎TOKYO PHOTO TOKYO WOTERWORKS HISTORICAL MUSEUM ; 15.6.2013








◎text
東京メトロ丸の内線の本郷三丁目駅から、歩いて7〜8分のところに東京都水道歴史館がある。家康が江戸幕府を開いた頃から現在までの、安全な水を供給するための苦労、苦心の跡が順を追って紹介されていて興味深い。

2階に上がってまず最初は、江戸時代に使われた上水木樋や継手などが展示を見る。神田上水・お茶の水の掛樋や丸の内三丁目、八重洲北口の木樋なども飾られている。木樋は今で言う水道管で、継手は水道管と水道管をつなぐ部分のこと。固くて腐りにくい松や檜を用い、くり抜いたり継ぎ合わせたりしながら、水漏れの少ない水道管をつくり上げている。

玉川上水を掘る際の苦労は、アニメーションと人形劇で子どもたちにも分かりやすく紹介されている。江戸時代の長屋の光景も再現されている。隣近所が井戸を中心に慎ましく生活している様子を見ることができる。

1階に下りてくると、明治時代から現在までの東京水道の流れが実物大模型や映像などとともに紹介されている。水の出口が竜をかたどった共用栓や牛馬用・犬猫用・人間用と3つの水飲み場が設けられた馬水槽など珍しい水道栓や、日本最大級の巨大な水道管なども展示されている。震災や戦争、渇水などの苦難を経て現在、水道は規模・水質ともに世界的に最高水準に達したといわれている。

かつて塩素(カルキ)の臭いがきつかった東京の水も、今はそのまま飲めるまで水質がよくなっている。下水道整備による水源の水質改善や、浄水場で微生物やオゾン、活性炭などで処理する高度浄水システムが実施されるようになり、水質は大きく改善されているとのこと。

この日は数十人の大学生が研修に訪れていて賑わっていた。無料で見学できて、音声ガイダンス用の機材も貸してくれる。3階には資料室もあり、小中学生の夏休みの自主研究にはもってこいの場所だと思う。

◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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photo ; Utsunomiya
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2013年6月19日水曜日

渋谷駅前から子どもの城、国連大学、青山学院大学

◎TOKYO PHOTO FROM SHIBUYA TO AOYAMA ; 8.6.2013











◎text
渋谷駅の高架下を通って、六本木通りに架かる歩道橋から複雑に入り組んで雑然とした渋谷駅周辺の光景を眺める。昨年オープンした渋谷ヒカリエへの通路の下は工事中。

今年3月に、地上2階にあった東急東横線渋谷駅がヒカリエの地下5階に移された。東横線渋谷駅のホームおよび線路跡地は「渋谷駅地区駅街区開発計画」が進められ、さらに「渋谷駅南街区プロジェクト(渋谷駅三丁目21地区)」、駅西口の「東急プラザ」を建て替える「渋谷駅地区 道玄坂街区開発計画」も進行中。駅から宮益坂上方面、道玄坂上方面をつなぐスカイデッキの整備なども計画され、これから渋谷駅周辺は大きく変化するだろう。

金王坂(こんのうざか)から宮益坂上に出て、青山通りを進む。こどもの城の前にあるこのオブジェは、岡本太郎の1985年の作品『こどもの樹』。大阪万博の太陽の塔に似ている。こどもの城の中には体育室・プレイホール・造形スタジオ・音楽ロビー・ビデオライブラリー・パソコンルームなどの施設があり、また、青山劇場と青山円形劇場の2つの劇場もある。この日は演歌歌手のコンサートがあるとのことで、中高年が長蛇の列を作っていた。

隣の国連大学前広場は、ファーマーズマーケットで賑わっていた。色とりどりの新鮮な野菜や果物、手作りのジャムやピクルスや蜂蜜、お茶やごま油、花苗、野菜苗など、どれも生産者のこだわりの品々ばかりが並べられている。野菜を育てる人と食べる人が出会い、野菜や農業、そして食べることについて話す、というコミュニケーションの場になっている。

青山通り向こうの青山学院大学から、応援団のメンバーが大声で練習している様子が見えた。

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2013年6月18日火曜日

渋谷繁華街と駅前スクランブル交差点

◎TOKYO PHOTO SHIBUYA- scramble instersection; 8.6.2013











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週末の渋谷はどこを向いても人、人、人で溢れかえっている。渋谷の繁華街は、駅前の忠犬ハチ公からスクランブル交差点を渡って放射状に伸びる文化村通り、センター街、公園通り、道玄坂などを中心にして、さらにそこから様々に派生する通りが数多くある。それぞれに特徴をよく現した通り名が付けられている。

丸井付近から代々木公園に通じるゆるやかな坂道は「公園通り」、渋谷西武百貨店A館・B館の間から東急ハンズ前に通じる道は「ハンズ通り」、渋谷駅ハチ公口から、井の頭通りと文化村通りの間を西に進む道は「センター街」、「センター街」は狭い通りだが車も通らず最も賑わっている。SHIBUYA109前から東急本店・Bunkamuraに通じる道は「文化村通り」、渋谷駅ハチ公口前から目黒区方面への上り坂が「道玄坂」。ほかにもファイヤー通り、無国籍通り、サンドイッチロード、ペンギン通りなど変わったネーミングがある。

フォーエバー21からロフトの脇を上っていく坂道は「間坂(まさか)」と呼ばれる。平成元年、Loftが一般公募により「渋谷駅と公園通りとの間」「ビルとビルの間」「『まさか』という語呂のよさ」「『間』という漢字が人と人との関わり合いをイメージする」との理由で命名したとのこと。裏の路地に入ると、タバコの吸殻があちこちに捨てられ、落書きも目立つ。華やかなビル、ファッショナブルな若者たちとは対照的に、誰にも気づかれずそっと置かれているロフト前の小さな石像があった。

駅前のスクランブル交差点、信号が青に変わると多くの人が一斉に渡って渋谷の象徴的存在。

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2013年6月17日月曜日

根津神社から東京都国公立大学戦硬式野球観戦(東大グラウンド)を経て本郷3丁目

◎TOKYO PHOTO FROM NEZU TO HONGO ; 15.6.2013









◎text
根津神社から山門前の通りをS坂へ。S坂を上り終わったところに東京大学野球場がある。試合のアナウンスが聞こえてきたのでちょっと見学をしていくことに。地震研究所の門から入り、正面に高いフェンスのある球場に進み、狭い観客席に座る。

行われていたのは東京都国公立大学戦。ちょうど海洋大学と首都東京大学の試合が始まるところだった。球場は狭くて場外ホームランなどは周囲の住宅に落ちるのではと心配になる。でも試合を見ていて、そんな大プレーはほとんど出ないのだと納得した。どちらのチームも人員は少なく、守りでマウンドに出るとベンチに残るのは数人といった具合。試合は初回に首都大が一方的に得点して、ほぼ勝利を確実にした。応援の観客も少ない。アナウンサーは女子のマネージャーか、アナウンスの合間に客席に座布団まで持ってきてくれた。

この日は1回戦の農工大1-2外語大、首都大6-0海洋大と、2回戦の一橋大4-2医歯大が行われた。さらに16(日)の結果は東大8-1電通大、学芸大10-2外語大、首都大7-0東工大。22(土)と23(日)に準決勝、決勝、3位決定戦が行われる。

先日、NHKの「クローズアップ現代」が、東京六大学野球の成績で現在50連敗中の東大野球部に特別コーチとして就任した元巨人軍投手桑田真澄氏を取り上げていて、興味深く観た。ピッチングコーチに就任して驚いたのは、一日12時間にもおよぶ長時間練習と、試合に負けても悔しさをぶつけないということ。まず練習方法の指導として、練習は量ではなく質、自分の頭で考えながら正しい体の動きを見つけ出すことを伝える。さらに何種類もの投球を中途半端に試みるのではなく、まず基本となる直球を身に付けろという。10投球中8球が狙い通りに投げられるように、集中的に練習せよという指導。そして自信を持って試合にのぞめということ。はたして、東大野球部は六大学の試合で、悲願の「勝ち星」をあげることができるだろうか。

球場を後にして、本郷三丁目駅周辺に来る。学生やサラリーマンの多い街らしく、居酒屋やラーメン店が軒を連ね賑わっていた。

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