2013年1月24日木曜日

台東区千束から日本堤

◎TOKYO PHOTO NIHONTUTUMI ; 14.1.2013








◎text
東日暮里、根岸、竜泉と進む。昭和通りと国際通りがぶつかる三角州のような場所に千束稲荷神社がある。大木などはないため視界が開けていて明るい。拝殿も由緒あり厳かな佇まいの神社。1月も半ばを過ぎて参拝する人もほとんどいない。入って左手に樋口一葉胸像が建立されている。

この神社は「たけくらべ」ゆかりの神社として知られる。一葉は「たけくらべ」のなかで「…十四五より以下なるは、達磨、木兎、犬はり子、さまざまの手遊を數多きほど見得にして、七つ九つ十一つくるもあり、大鈴小鈴背中にがらつかせて、驅け出す足袋はだしの勇ましく可笑し…」と、千束神社の8月20日の夏祭りで子ども達がはしゃぐ様子を描く。

竜泉から土手通りに出る。その前を通る度に行列を作っている吉原大門交差点近くにある天麩羅の伊勢屋。明治22年創業という老舗の江戸前の天丼。戦災でも焼けることなく残った昭和2年に建てられた家屋は、昼間でも薄暗く、格子戸の間から洩れる陽の光が優しい。胡麻油の香りが店中に広がり食欲をそそる。エビ2尾、キス、イカが入ったほどよい味付けとサクサク感の美味しい天丼を頂いた。


◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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◎東京都市モノローグ2011年の総集編(漂流する東京)
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photo ; Utsunomiya
text;Hasegawa

2013年1月23日水曜日

台東区鴬谷 駅界隈と飲食街

◎TOKYO PHOTO UGUISUDANI ; 9.1.2013










◎text
鶯谷駅は山手線のなかで一日平均乗車人員が最も少ないことで知られる。駅の西側は寛永寺から上野恩賜公園一帯で東側は根岸や入谷。駅出入り口は北口と南口の2か所がある。北口は地上駅舎で南口は橋上駅舎。北口の根岸一丁目、二丁目方面にはラブホテル街が形成され、その間を縫うように進んで子規庵や書道博物館、ねぎし三平堂にたどり着く。

元三島神社は鶯谷駅北口の狭い路地を入ってすぐのところにある。境内は狭く社殿は石段のうえ。旧金杉村、現在の台東区根岸と東日暮里の鎮守で、下谷七福神のひとつ寿老神が祀られている。旗を持って行き交う下谷七福神めぐりツアーの団体にも多く出会う場所。

駅前の飲み屋街には昼間から開いている店もある。鶯谷駅周辺はわずかな空間に雑多なものが入り交じった不思議な場所。

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photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko

2013年1月22日火曜日

早稲田 穴八幡から漱石山房

◎TOKYO PHOTO WASEDA,ANAHACHIMAN ; 12.2012







◎text
早稲田大学大隈講堂の前から緩やかな坂道をのぼって馬場下町交差点に出る。本屋、飲食店、雑貨店や不動産、コンビニと学生街らしく色々な店が揃っている。就活中らしい学生の姿も多く目にする。馬場下町交差点の向こうに穴八幡神社の鳥居が見える。

この日、馬場下町交差点周辺には警備の警察官の姿も多く、境内は非常に賑わっていた。穴八幡神社で冬至祭りの日から配布する一陽来復御守りを求める人、手を合わせる人が列を作っていた。このお守りを持っていると、穴八幡神社に伝わる福神のご利益で、お金に恵まれ幸せになるといわれて、江戸中期より配布されてきたとのこと。再建されてまだ年月を経ていない鮮やかな朱色の門前にも露天が並ぶ。

交番前を通って早稲田通りから夏目坂を上る。その坂入口の牛丼の吉野家の脇に、「夏目漱石誕生之地」と刻まれた黒御影石の記念碑と案内板がこじんまりと置かれている。昭和41年に漱石の生誕100年を記念して建てられ、文字は遺弟子である安倍能成氏によるもの。

漱石は慶応3年(1867)に牛込馬場下横町(現在は喜久井町)のこの地で生まれた。夏目家は代々この地の名主で、漱石の父・直克は神楽坂から高田馬場辺りの十一ヶ町を治めていた人物。漱石は父と母千枝の5男3女の末子で、両親が年をとって生まれた子ども。生まれてすぐ里子に出されたり、養子に出されたりと不遇な幼少期を過ごした。お爺さんお婆さんだと思って接していた人が本当の両親だと下女からそっと教えられたことや、喜久井町という地名は、直克が夏目家の家紋「井桁に菊」にちなんで名づけたこと、夏目坂と命名したのも直克であること…など、漱石の随筆『硝子戸の中』に描かれている。

◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko

2013年1月21日月曜日

早稲田 夏目漱石山房から新潮社

◎TOKYO PHOTO NATUMESOSEKI SANBO ; 12.2012










◎text
新宿区早稲田南町、夏目漱石が明治40年から大正5年に亡くなるまでの9年間暮らした「漱石山房」跡を尋ねた。東京メトロ東西線早稲田駅から夏目坂と呼ばれる坂道を喜久井町方面に上る。左折して区立牛込第二中学校と早稲田小学校の間を進んでから右折。しばらく行くと区営アパートの裏手に綺麗に整備された漱石公園がある。そこが「漱石山房」跡。

入口に漱石の胸像と「則天去私」の文字が掘られている。門を入ってすぐ左に、山房のベランダ式回廊の外観が再現されていて、正面に小さな案内所があり、そこで資料を見たりして漱石に思いを馳せる。漱石がどんな書斎で執筆していたのか、家族とどのような日々を過ごしたのか、漱石を慕って山房にやってくる弟子達とのこと、など。

『吾輩は猫である』を書き上げた千駄木の通称「猫の家」からこの地に移ってきたのは漱石40歳の時。ここから『坊っちゃん』『虞美人草』『三四郎』『それから』『門』『彼岸過迄』『こゝろ』『道草』『明暗』など名作が次々に誕生する。新宿区は2017年の夏目漱石生誕150周年に向け、この漱石公園に「漱石山房」(漱石の書斎)を復元する計画を進めているとのこと。

「漱石山房」跡から狭い路地をクネクネ歩いて矢来町の方向へ進む。矢来能楽堂の看板と入口を過ぎて牛込中央通りに出ると、新潮社の本館と別館が道の両側に建っている。

◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko

2013年1月20日日曜日

お台場 ガンダムフロント東京とお台場海浜公園

◎TOKYO PHOTO ODAIBA SEA SIDE ; 12.1.2013











◎text
お台場のフジテレビ裏手、セントラル広場に続いてあるのがダイバーシティー東京。ファッションからグルメやアミューズメント…と、150を越える店舗が集結していて若者たちを飽きさせない。正面入口前に立っているのは実物大のガンダム。18メートルの立像姿は圧巻。子どもの頃に憧れたガンダムを若者達が思い思いに撮影している。

パレットタウンの大観覧車周辺では土が高く積まれ工事が始まっている。セントラル広場から真っ直ぐ進んで、夢の大橋まで行こうと思ったが通行止めになっていた。進路を変えてシーリアお台場のマンション群やお台場海浜公園へ。ショッピングモールのデックス東京ビーチで少し休憩。

シーリアお台場は一番街、三番街、五番街とあって、UR都市機構とトミンタワー、トミンハイムの高層マンションで構成されている。ゆりかもめを挟んで民間の分譲マンションのザ・タワーズ台場のツインタワーが見える。お台場の居住空間はこの周辺のみ。超高層マンションで毎日海を見ながらの生活は、非日常空間を楽しむ気持ちがなければ暮らしずらいだろう、とも思う。

お台場海浜公園は、シーリアお台場の前に広がる静かな入り江を囲む公園。目の前にはレインボーブリッジと湾岸沿いの芝浦た品川などの超高層ビルを望む。ビーチは総延長約800mの人工の砂浜で、砂は伊豆諸島の神津島のから運んできたとのこと。子ども達が冷たい水辺でいつまでも戯れていた。

◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko

2013年1月18日金曜日

お台場 フジテレビとパレットタウン大観覧車

◎TOKYO PHOTO ODAIBA FUJI TV ; 12.1.2013










◎text
ゆりかもめの台場駅で下車。フジテレビの特徴のある建物と球体が目に飛び込んでくる。球体は「はちたま」と呼ばれる展望室。そこに上るには7階にある専用エレベーターに乗らなければならない。建物の外部についているエスカレーターで一気に7階まで行く事ができるが、側面にアニメが描かれた階段をゆっくり上っていく。7階には他に番組のグッズを売る店、カフェなどがある。

展望室へのチケット売り場に少し行列ができる程度で、観光客もさほど多くない。展望台へは上らず周辺を歩くことに。台場駅からフジテレビやホテル日航、ホテルグランパシフィック、アクアシティお台場を繋ぐのは広々したお台場ペデストリアンデッキ。海沿いに行けばレインボーブリッジが見え、自由の女神が立っている。

レインボーブリッジの手前に島が見える。正式には第三台場史跡公園と呼ばれる台場公園は、お台場海浜公園と地続きで歩いていける。周囲は石垣で囲まれその上に土手があり、中央が低い構造。ペリーの黒船来航に備え江戸幕府が東京湾上に築造した台場のひとつ。レインボーブリッジの下にもうひとつある島は第六台場、現在は立ち入り禁止で野鳥の楽園になっているようだ。

デッキを海と反対側に行くと、セントラル広場の向こうに凱旋門のようなテレコムセンターが見える。フジテレビの向こう側にお台場のシンボルともいえるパレットタウンの大観覧車が見えてきた。

◎PHOTOS OF TOKYO CITY by t.utsunomiya
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photo ; Utsunomiya Tamotsu
text;Hasegawa Kyoko