2012年2月11日土曜日

フェイ・ミエン・イン著『骨』を読む

三人姉妹の長女レイラは、実家を出てニューヨークで恋人のメイソンと2人だけの安上がりな結婚式をあげた。そのことをサンフランシスコのチャイナタウンでひとりで暮らす継父のレオンに知らせようと捜し回る現在の状況から物語は始まる。レオンは母と別居し、狭く薄汚れた〈老人ホテル〉の一室で孤独に暮らしていた。

レオンが家を出たのは真ん中の妹・オーナがアパートの13階から飛び降りて亡くなってから。母は悲しみにくれレオンは行き場のない怒りと絶望に苛まれる。やがて二人は喧嘩に明け暮れるようになり、レオンは家を出る。一番下の妹・ニーナは両親の悲嘆を横目で見ながらニューヨークに旅立つ。今までかろうじて繋ぎ止めてあった何かがぷつんと切れたように家族はばらばらになり、そして時間が止まった。

レイラが生まれたばかりの頃、母は最初の夫(レイラの父)に捨てられ、チャイナタウンのサーモン小路にある小さな寝室だけのアパートに暮らすようになった。階下の縫製工場で毎日休みなく働きながらレイラを育てていた母が、レオンと再婚したのはレイラが6歳の時。オーナとニーナの2人の妹も生まれた。船乗りのレオンは1ヶ月も2ヶ月も留守がちであったが、その間は家に仕事を持ち帰ってミシンをふんでいる母を娘達は助けながら、サーモン小路での貧しくとも平穏な幸せがあった。

母とレオンの関係がおかしくなったのは、航海を終えて戻ったばかりのレオンに、母とトミーという男が訳ありだという噂が耳に入ってから。母はそれはずっと昔のことと許しを請うが、レオンは容赦なく母を責め、家を飛び出す。子どもの頃から父を慕っていたオーナは、毎日レオンのもとを訪れ粘り強く説得し、家に連れ戻す。

母も仕事を変え、レオンも陸の仕事に落ち着くために色々な商売に手を出すがうまくいかない。ルシアーノ・ワンという男と馬の合うレオンは〈ワン&リアン〉という洗濯屋を共同でやることになった。母も手伝いレオンも楽しそうに働いた。レイラたち姉妹も仕事や学校の合間に総動員して働いた。ルシアーノの息子オズヴァルドとオーナが恋仲になるのに時間はかからなかった。

ところが〈ワン&リアン〉は何の前触れもなくつぶれた。全財産をつぎ込んだレオンは、ルシアーノに裏切られた悔しさと憤懣を家族にぶつけた。荒れるレオンを家族は見守るしかなかった。その頃、レイラは恋人のメイソンとの生活を望んでいた。ニーナは母や父が困っても自分は自分と割り切って、家を出たがっていた。気がかりは被害が一番大きかったオーナのこと。レオンはオーナがオズヴァルドに会うことを許さなかったのだ。
しかしオズヴァルドの一家がチャイナタウンの外に引っ越してからは、レオンに黙ってそちらに行くことが多くなっていた。家にも居づらく、チャイナタウンの外にも自分の居場所を見つけることができないと言っていたオーナ。ある夜、迎えにきたオズヴァルドの車に乗り込むオーナを、レオンは力ずくでつかんでひきずり出そうとしていた。オーナは悲鳴をあげ抵抗した。車のエンジンがかかってオーナはレオンからもチャイナタウンのサーモン小路からも去っていった。

数ヶ月後、突如としてオーナはアパート〈ナム〉の13階から飛び降りた。

オーナが飛び降りたのはなぜか、自分たちはなぜオーナを救えなかったのか、レイラと家族は幾日もそう思い続ける。物語も現在から過去へ、子どもの頃のこと、レオンと母のこと、仕事のこと、恋人のメイソンとのこと、行きつ戻りつしながら最後はオーナへと還ってくる。ニーナはニューヨークへ行ってしまった。オーナは天国へ行ってしまった。
レイラは、こうした出来事を通し母やレオンやチャイナタウンで生きる者たちとの深い絆を思う。そして、自分自身の旅を目指し、ここから一歩踏み出そうとする…。(訳:小川高義)


中国系アメリカ人移民一家の悲運と絆が、中国人を両親にもつチャイナタウン育ちの二世、レイラの語りを通して描かれる。物語りは現在から始まり時系列をさかのぼるように時として過去の出来事に戻っていく。順序立てて語られるのではなく、前に進んだり戻ったりを繰り返す、そうした展開の面白さがレイラの心の揺れとダブって、映像シーンを見るような不思議な感覚をもたらす本である。

◎著者:フェイ・ミエン・イン
1956年、サンフランシスコ生まれ、チャイナタウン育ちの二世。女流小説家。
1993年に上梓された本著で、翌年のペン/フォークナー賞候補に挙がる。日本語の他ドイツ語、オランダ語、スペイン語などにも翻訳されている。

文;長谷川 京子

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