2011年11月19日土曜日

ジュンパ・ラヒリ著『その名にちなんで』を読む

『The Namesake』日本語訳では『その名にちなんで』ータイトルに魅せられて読み始める。

本著はインド出身の両親を持つ主人公がアメリカ社会のなかで、自分のアイデンティティを模索しながら生きていく物語。それは著者ジュンパ・ラヒリ自身の問題でもあっただろう。主人公はさらに「ゴーゴリ・ガングリー」という風変わりな名前を背負わされたことで物語は複層的に展開する。

カルカッタ出身のベンガル人である両親。アメリカの地でベンガル人のコミュニティを広げながら2人の子どもを育てている。長男はゴーゴリ。ロシアの大作家にちなんでつけられた名前。子どものころは何でもなかった自分の名前にゴーゴリは徐々に違和感を抱き始める。なぜ父はアメリカ風でもベンガル風でもない「ゴーゴリ」という名前をつけたのか。高校の授業で先生が作家ニコライ・ゴーゴリの生涯について話をはじめたときは、やめてくれとと耳を塞ぎたくなった。そして誕生日に父がくれたゴーゴリの本は本棚の奥に押し込んだ。

マサチューセッツ工科大学で研究者として働く父アショケは、大学生のころ祖父の家に向かう途中列車が脱線し、九死に一生を得るという経験を持つ。そのとき皆が寝静まった寝台車の中で読んでいた本が大好きなロシアの作家ゴーゴリの『外套』。就寝中の乗客の多くは死亡。アショケは握り締めていた本の切れ端が動いたのが救助隊員の目に止まり、奇跡的に生きのびたのだ。

ゴーゴリは大学生になると自分で裁判所に出向き「ニキル」という名に改名する。家を離れ大学の寮に入り大学生活に慣れてくるとニキルの名前にも馴染んでくる。すっかりアメリカ社会にもとけ込んだと感じている。彼女もできて順調な学生生活。ある日父からゴーゴリと名付けた訳を打ち明けられる。列車で本を読んでいていきなり命を絶たれそうになったこと。命を救ってくれた本のことを。やがて大学を卒業したゴーゴリはニューヨークの建築事務所で働きはじめる。新しい恋人と彼女の両親の住む豪邸に、半同棲のような形で転がり込む。上質なワインと豪華な食事。裕福なアメリカ人の暮らし。ゴーゴリはこの家で今までとは違う自分を演じるようになる。

そんなある日、父が単身赴任先で急死したという知らせが届く。父の住んでいたアパートで荷物を一つひとつ片付けながら父のことを思う。喪に服している間、父の存在が少しづつ大きくなっていく。あれ程ベンガル式の儀式に辟易していたのに、いまはそうすることで悲しみが癒されていく。恋人とは些細なことが元でこれまでの積もった問題があらわになり別れる。

父の死から一年。独りになった母のもとへ週末には顔をみせる。今度のフィアンセは小さいときから行き来していた同郷のモウシュミ。お互いの家族のことや育ちもよく知った間柄。結婚式も親のやり方に従い幸せをつかもうとする。しかし徐々に行き違いが生まれモウシュミの浮気も発覚し別れる。

家族が長く暮らした家を売る決心をした母は、最後の夜、多くの仲間を招く。二階の自室にそっと上がってゴーゴリが手にしたものは埃をかぶった『ニコライ・ゴーゴリ短編集』。40年前の父がつぶれた列車からひっぱりだされたように、埋もれて自分の人生から消えかかっていたこの本を偶然救い出した。そこには父の右肩上がりの筆跡で「ゴーゴリ・ガングリーへ」と書かれていた。

本著は訳者も述べている通り、現在形の文体で訳されているため物語が重苦しくなく、生き生きと前に進む。それでいて後でずっしりくる。両親はアメリカに暮らしながらインドを愛しインドに暮らす親族を想う。だから家庭ではベンガル語を使いベンガル式儀式を大切にする。しかし子どもたちは アメリカで生まれ食事も音楽も学校もアメリカがすべて。年頃になると両親のやり方に反発を覚えるのはよくわかる。二世世代もまたふたつの文化の中で苦悩しそして物語は生まれる。よい本に巡り会ったと思う。(訳:小川高義)

著者ジュンパ・ラヒリは1967年生まれ。両親ともカルカッタ出身のベンガル人。幼少時に渡米しロードアイランド州で成長する。’99年「病気の通訳」がO・ヘンリー賞受賞。同作収録の短編集『停電の夜に』でPEN/ヘミングウェイ賞、ニューヨーカー新人賞ほかを独占し、鮮烈なデビューを飾る。

文;長谷川

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