2011年7月15日金曜日

映画「スリ」監督;ロベール・ブレッソン

◎TOKYO PHOTO  ;  PICKPOCKET(Robert Bresson) Sunday.7.2011

何かに怯えているようなおどおどとした目。たどたどしい自信のない口調。その「演技」は俳優のそれとは思えない。ブレッソンは素人をよく映画に起用したという。細かい演技を期待するのは難しいが人間のおいたちや性格が地のままスクリーンに出る効果がある。ブレッソンの狙いもそこにあったのかもしれない。

よれよれの背広を着た貧しい青年。スリを犯罪と認めつつも、社会へのささやかな抵抗として位置づけ正当化する。この映画はそうした主人公のモノローグで進行する。
母から金を奪ったことを導火線としてスリを働くようになった青年は、稚拙な行動で警察に逮捕される。しかし証拠不十分で釈放。その後、スリのプロから様々なテクニックを教わり、ついにはプロ仲間と組み、目を付けた「獲物」のポケットやバッグから次々と現金や財布を奪い取っていく。

時には競馬場で時には駅舎で繰り返される華麗でスリリングなスリのテクニック。ブレッソンはこのシーンを自ら楽しんで撮っているかのようだ。随所で登場するフランス紙幣もシンボリックである。背広の胸ポケットに紙幣を無造作に入れる紳士風の金持ち。銀行から紙幣を引き出す貴婦人。そして、彼らから奪い取った紙幣をスリ仲間が分け合うシーン。この映画から24年後に製作された『L’ARGENT』(金)でも紙幣はブレッソンの主題になくてはならない重要な要素として扱われているが、すでにこの映画で未来が用意されていた。

写真家でもあったブレッソンの撮影も見応えがある。当時の機械的な制約があったとはいえ、標準レンズできっちりと切り取られた一つひとつのカットは端正で、登場人物と適度な距離感を保っている。主人公の青年に惹かれる女ジャンヌの陰影ある表情も美しく、見事なモノトーン映像に仕上がっている。

最後はおとり捜査で捕まるが、青年はジャンヌへの愛情に気づき更生しようと決意する。近くにあると思っていたものが遠ざかる場合もあるが、遠くにあると思っていたものが近づいてくる場合もある。社会の秩序に身を置くことを遠いと思っていた主人公が、愛するものの力により変化していくラストシーンは、凡庸だが爽やかだった。

◯『スリ』(74分/B&W)
“映画の國 名作選Ⅲ ロベール・ブレッソンの芸術”
7月15日(金)まで
渋谷シアター・イメージフォーラムにてニュープリント版で上映中。
www.eiganokuni.com/meisaku3-bresson/

文:宇都宮 保

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